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顔を認識する監視カメラ 関空がひそかに導入していた


2002年8月8日

大阪湾の南東部、人工島が沖合5kmに浮かぶ。日本を代表する24時間空港、関西国際空港。イタリア人建築家が設計した優美な空港ビルは、翼を休める鳥のように夜空に浮かび上がっている。
その空港ビル1階の国際線到着フロア。ほぼ中央に、関空税関支署の税関検査台がある。そしてほとんどの利用者が気づかない事実だが、この場所に監視カメラがひそかに設置されている。設置されたCCDカメラは税関検査を通過する人々の顔をなめるように撮影し、画像データは瞬時に別の場所に設置された制御用のパソコンへと送られている。パソコンにインストールされているのは、オムロン(株)の開発した顔認識技術システムだ。そしてこれは、パブリックスペースに顔認識監視システムが導入された日本初のケースとなる。

そのシステムはどう動くのか。関係者の話を総合すると、関空税関に利用されている監視システムは次のような能力を持っているようだ。

――ひとりの白人男性が、大きなスーツケースを押しながら税関のカウンターに近づいた。
カメラが撮影した男性の画像データが、動画のフレームごとに切り出され、各フレームごとの差分を検出。動画内の移動によるズレを修正し、そして男性の顔のラフな輪郭を浮かび上がらせた。ウェーブレット変換を使い、顔色の濃淡やシャープさなどの特徴も同時に取り出された。同時に、顔の大きさをデータ処理に最適なサイズへと変換。そして男性の顔画像から50の細かいポイントが切り分けられ、ランドマークファインダーに渡される。ランドマークファインダーは、それぞれの位置をグラフ化していった。各ポイントから得られた情報は、ついに照合可能な状態にデータ化された。

データは、ハードディスクに保存してあったばく大な顔データベースの中から、一致するものを検索していく。顔情報がカメラ経由で入力されてから数秒後、検索が完了。アラートが鳴り響き、データベースの中から照合されたひとりの人物の顔が端末のCRTに鈍く浮かび上がった。その顔の白人男性は、フーリガンとして英国警察に登録されているイギリス人。要注意人物だ。即座に税関検査台に通報が行なわれ、もう少しで税関を通過するところだった男性は別室へと連れ込まれていった――。

米アイデンティクス社のFaceItの画面
米アイデンティクス社のFaceItの画面。検出された顔とデータベース登録された顔を、似ている順に一覧表示する

「設置しているかどうかはいっさい答えられません」

実際に、関空の監視システムがこのようなアラートを発したことがあったかどうかは、明らかになっていない。しかし少なくとも、監視カメラシステムが導入されたのは、サッカーのワールドカップの直前で、フーリガン対策のためだったとみられている。だが関空税関支署は、「取り締まりに利用しているシステムについてはいっさい答えられない」と情報公開を拒否している。ASCII24編集部が同支署の広報担当に聞いたところ、以下のような答が返ってきた。

[ASCII24] 顔認識システムを使った監視カメラを設置した理由は。

[税関] 当初はワールドカップへの対応ということで導入しました。

[ASCII24] ワールドカップ終了後はどうなっているのですか。

[税関] 現在も設置されているかどうかについては、いっさい答えられません。

[ASCII24] 個人情報保護の観点から、監視カメラを設置する場合はその旨をカメラのある場所に掲示するのが妥当だと思うのですが、関空税関の場合は監視カメラが設置されていることを利用者に掲示していますか。

[税関] それはやってないですね。

[ASCII24] 掲示すべきかどうかという議論は過去になかったのでしょうか。

[税関] 設置しているのは関空だけではないので……。全国レベルで決めていることだから、それはちょっと。

[ASCII24] 全国レベルというのは、財務省関税局で決めているということですか。

[税関] そうです。

[ASCII24] 他の空港税関のどこに設置されているのですか。

[税関] 現在設置されているかどうかも含め、そうした質問にはいっさい答えられません。

わずか2分で日本人の顔すべてを照合できてしまう

顔認識技術はいま、圧倒的な速度でテクノロジー的な完成度を高めつつある。 現在世界でもっとも普及し、代表的な顔認識技術システムとして知られている米アイデンティクス社(Identix、旧Visionics社)の製品、FaceItシリーズ。その中でもFaceIt ARGUSという製品は、監視カメラをBNA(Biometric Network Appliance)と呼ぶネットワーク管理システムに接続することで、数十台の監視カメラを同時に稼働させることができる。

処理時間も圧倒的だ。FaceItアルゴリズムを利用した時の顔の検出にかかる時間は200ミリ秒。FID(Face ID)と呼ばれる顔のデータはひとりあたりわずか84バイトにまで圧縮され、理論値では、ハードディスクに保存されている顔データベースから1分に1500万件を照合する能力を持つ。オンメモリーなら、1分間に6000万件という途方もない数字だ。2分あれば、日本人のすべてを照合してしまえることになる。

イコールエラーレートは0.68%。これは、どの程度の割合の特徴があれば、他の人と区別できるかという顔照合の性能を表わす値だ。つまり、ある人の顔の特徴の1%でも認識できれば、他の人と区別できてしまうということになる。FaceItシリーズの日本総代理店で、同シリーズを日本語化して販売している(株)ネクサスの長原健司氏は、「欧米ではすでに多くの導入実績があり、実際に実用的なシステムとして利用されている。今後は日本でも利用されるケースが増えてくるのでは」と話す。

FaceItが注目を集めるきっかけになったのは1998年10月。治安の悪化していたロンドン東部のニューハム地区に監視カメラ300台が設置され、FaceIt監視システムが導入された。中央制御されたコントロールルームで犯罪者顔写真データベースとの照合を行ない、一致すればアラート音とともにCRT上の人物の輪郭が赤く彩られる。コントロールルームでモニターしている警備員が監視を続け、犯罪を起こさないかどうかをチェックするというわけだ。このシステムを導入したことで、ニューハム地区の犯罪発生率は2年間の間に30%以上も低下したという。

さらに昨年9月、米国で起きた同時多発テロが顔認識監視システムの普及に拍車をかけた。空港に現われるテロリストを検知するため、ダラスのフォートワース空港やパームビーチ空港、ボストンのローガン空港などがFaceItを次々に導入。さらに今年7月からは、バージニア州のパームビーチ市警が運用をスタート。通りに設置されている13台の監視カメラにFaceIt ARGUSを導入し、手配者や行方不明者、家出人などの画像データ2500人のデータベースを使って運用を始めた。

こっそり設置すれば必ず問題になる

しかしこうした監視システムは、両刃の剣だ。
犯罪抑止や家出人捜索に効果のあるシステムも、誤ればジョージ・オーウェルの小説に登場した“ビッグブラザー”の全体主義社会をも招きかねない。どのような形で運用し、住民や利用者からどれだけの理解を得られるかが重要だ。上に挙げたパームビーチ市警の場合、昨年に市議会から設置認可を得ている。さらに今年5月には市民団体との間で利用の際のガイドラインを作り、設置場所を限定することと、照合されなかった顔のデータは自動的に破棄することが取り決められている。ロンドンのニューハム地区でも、事前に住民にアンケート調査が行なわれ、92%が賛成したことから導入が決められた。

一方で、役所がこっそり導入したケースは、必ず問題になっている。
たとえば昨年2月、米フロリダ州で開かれたアメリカンフットボールの祭典、スーパーボウル。主催者が無断で顔認識システムを使って入場者の顔を犯罪者データベースと照合していたことが明るみに出た。市民グループなどから猛反発が出て、大きな社会問題となった。顔を撮影していたことが問題にされたのではない。入場者に何の通知もせず、こっそり顔を撮影していたことが問題になったのだ。

顔認識テクノロジーのもうひとつの能力に、顔データをどんどん蓄積していけるということがある。たとえばFaceItシリーズを入退室の個人認証などに使う場合。毎日入退室を繰り返していると、顔データベースがどんどん更新され、常に最新の顔へと近づけておくことができる。太ったり痩せたり、あるいは人相が変わったりといった顔の変化に対応するためだ。同様に、監視システムでもカメラで撮影した多くの顔をそのままデータベースに取り込んでいくことが可能だ。応用すれば、もともとはデータベースに入っていなかった人物でも、何時にどの場所を通過し、どんな建物に入ったかを追跡することができてしまう。そこまで進めば、“ビッグブラザー”まではあと一歩だ。ネクサスの長原氏も、「米国においての監視システム導入には、プライバシーを考慮したシステムの設置とその運用形態を通知する姿勢が求められている。監視システムの必要性と重要性について市民に理解を求めるにはアカウンタビリティー(説明責任)が重要」と話す。

ひるがえって、日本ではどうか。
たとえば高速道路や有料道路の料金所にカメラを設置し、ナンバープレートを撮影して自動車の移動を追跡する警察のNシステム。長くその存在は隠され、記者会見などで質問されても警察幹部は「そのようなシステムは存在しない」と情報公開を拒否し続けてきた。事実を認めるようになったのは、ごく最近――1995年のオウム真理教事件でその存在がクローズアップされてからだ。
今回、関西国際空港に導入された顔監視システムも、税関はその存在自体を認めていない。今後、同種のシステムが日本社会の中に広まりはじめたとき、アカウンタビリティーはきちんと守られるだろうか。

(編集部 佐々木俊尚)


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